ギャンブル依存と脳科学

第二回 「ギャンブル依存症と脳科学(1)」

2015年11月15日 コメントする

 ギャンブル依存症の脳に普通の人と違いがある、といってもピンとこない方が多いのではないかと思います。

 アルコールや薬物依存症であれば、有害な物質を身体に直接入れるので「脳に悪そうやなぁ」と直感的にわかるのではないかと思います。実際にアルコール依存症で広範囲に脳が縮んでしまうといった報告は数多くなされています。(ある部位は増えるという報告もありますが、多くの部位では縮んでいます)

これに対し、ギャンブル依存症の脳が大きく縮んでいるという報告はなく(脳の神経線維がやられているという報告はいくつかありますが、合併症の影響が大きそうです)、「ホンマに脳に違いがあるんかいな」と思われてしまいそうですが、脳の構造変化をひとまず置いておいても、機能変化は結構な数が報告されています。

 今回はそのことについて少し書いていきたいと思います。

 

 脳には前頭前野という部位があります。前頭前野というのは非常に大きな脳部位で、前頭葉から後ろの方にある運動野を除いた残りの前頭葉全域を指します。

 前頭前野は人間において特に発達していて、「サルと人間を分けるのは前頭前野だ」と言っても言い過ぎではないほど重要な部位です。その働きは多岐にわたっており、物事の計画を立てたり、その計画に沿ってものごとを実行したりすることを始め、多くの情報を統合してそれに従って意思決定するような複雑なことをやってのけている所です。報酬系の中心からも神経が伸びているので報酬にも反応します。前頭前野のそういった多くの機能の中に、「衝動を抑える」という働きもあり、この時の脳活動を調べた研究を2つ紹介します。

 

 僕たちが脳画像で活動を検査する時には、MRIという大きな病院でも検査に用いられている装置の中に入ってもらい、仰向けに寝ていただき、鏡を通して目の前に映し出される画面を見ながら簡単なゲームのようなものをやってもらいます。このゲームのようなものを「課題」と呼びます。脳の活動をMRIで検査する実験では、この「課題」をいかに工夫して作るが最大のキモであり研究者の腕の見せ所でもあります。

 

 Potenzaらが2003年に発表した研究では、「Stroop課題」という有名な課題が用いられています。この課題がどういうものかというと、画面に色の名前が表示されて、その文字通りに頭の中で読み上げるというものです。色の名前は様々な色で表示されており、色の名前と、その色の名前が表示されている色は一致している場合と、異なっている場合があります。例えば赤色で「あか」と表示されているのが一致している場合で、黄色で「あお」と表示されているのが異なっている場合です。一致している場合はスムーズに読むことが出来ますが、異なっている場合は表示されている色に引っ張られて間違えやすくなったり反応時間が遅くなったりすることが知られています。すなわち、異なっている場合は、表示されている色で読んでしまうことを抑える必要があるわけです。この異なっている場合の脳活動を調べた所、ギャンブル依存症の人は健常群と比べて前頭前野の一部分の活動が低下していました。これはギャンブル依存症の人は衝動を抑えようとするときに、それを司る前頭前野の活動が弱いということが出来ます。

 

 de Ruiterらが2012年に発表した研究では、「stop signal課題」という課題が用いられています。彼らの課題では画面に飛行機の画像が表示されます。飛行機が左を向いている時には左のボタンを、右を向いている時には右のボタンを押すように指示されます。しかし時々、飛行機の上に十字が表示されている場合があり、その際はボタンを押さないように指示されます。すなわち、うっかりボタンを押してしまいそうな衝動を抑える必要があるわけです。この飛行機の上に十字が表示されている時の脳活動を調べた所、うまく押さずに済んだ時も間違って押してしまった時もギャンブル依存症の人は健常群と比べて前頭前野の一部分の活動が低下していました。これも同様にギャンブル依存症の人は衝動を抑えようとするときに、それを司る前頭前野の活動が弱いということが出来ます。

 

 これらの研究からギャンブル依存症の人は衝動を抑えようとする様々な状況で、それを司る前頭前野の活動が弱くなっているということが出来ます。似たような研究が物質依存症の人でも見られるので、これは依存症全体に共通する特徴であると言えるでしょう。

 

 では今回はこの辺で失礼いたします。

 

<参考文献>

Potenza MN, Leung H-C, Blumberg HP, Peterson BS, Fulbright RK, Lacadie CM, et al. (2003): An FMRI Stroop task study of ventromedial prefrontal cortical function in pathological gamblers. The American journal of psychiatry 160: 1990–4.

de Ruiter MB, Oosterlaan J, Veltman DJ, Van den Brink W, Goudriaan AE (2012): Similar hyporesponsiveness of the dorsomedial prefrontal cortex in problem gamblers and heavy smokers during an inhibitory control task. Drug and Alcohol Dependence 121: 81–89.

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